
7月、いろいろなところで霧に出会った。

7月、いろいろなところで霧に出会った。

山道に咲いていた白い、小さな花。
なんの花だろう。
力強い、凛とした幾何学を感じた。

丘のうえ。
湿原の植物たちのなかに身を潜めて、
空の中にそっと自分の屋根を浮かべるような、
寡黙で、しかし力強い存在感をもった山小屋の佇まい。
ただただ憧れる。。


朝。伊勢神宮。
圧倒的な木の構築。
たちすくんで、震えた。
霧がでていた。

日暮れ近くの、あおく澄んだ緑と、道。

山のことを誰かに話す時のような言葉で、建築のことを話したい。
雑木林のなかを歩くときのようにしんとした心で、町のなかを歩きたい。
などと考えながら、今日も事務所まで、てくてくといつもの道のりを。

暗闇にしずかに消えていく幾何学的なかたち。

縁側のうえの小さな道。
ふらふらと曲がりながら、なんとかまっすぐ進もうとする、木目の流れ。
建物をつくるひとつひとつの部分や要素が「生きている」感じ。
その感じの、なんとも言えない、良さ。
それを足に触れて確かめたときの、遠い大地の感覚。

雨の1日。
出先から事務所に戻ってきて、2階への外階段をあがったところで、突然の晴れ間。
木々のむこうに、道が眩しい。

緑したたる道。

山と山の谷間。湿った草むらのなか。
この季節は、こんな何でもない場所にも、
水の気配が溢れていて、確かな生命力が宿っている。
ながい年月を経て、すまう人によって磨きこまれ、艶を増した古い家などには、
どこかこれと同じような湿り気を帯びた生命力のようなものが、
空間のなかに静かに息づいているように感じることがあります。
新しい、まっさらなもののなかにはない、何か。

仕事の合間に、自分の仕事を紹介する事務所案内を兼ねた
小さな冊子の制作をちょこちょこと進めています。まだ試案段階。
普通の封筒に入って、お店にも置いてもらえる大きさで、
手のひらに乗る小さなサイズで、だれにでも気軽に渡せて、
どこにでも簡単に配達できて、気張った感じがなくて、
素朴な紙の質感をもったもの。
多少なりとも、誰かの手の跡が残っているもの。
平凡でちょっとだけ普通でないもの。
そんな冊子(と封筒)がつくれたら良いなあと思い、
のろのろとですが試行錯誤中です。
完成したら、いろいろな方にしれっとお渡ししてみたい。

水のうえに溢れる午前の光。小さな橋。

まっすぐにたつ木々のなかに、ただひとり斜めに伸びるイヌシデの木。
カバノキ科クマシデ属の落葉高木。
するりと鋭角で、かっこいい幹の質感。
硬質な存在感のある佇まいに思わず惹かれて、そっと幹に触れてみると、
どこか陶器のような、ひんやりとした肌触りでした。

切り立った斜面のうえの、あざやかな真昼。

あるひとが自分の手で建てた、小さな木の小屋。
特別に飾りたてなくとも隅々に溢れる、やわらかく、凛とした空気感。
ものをつくる人の手の気配だけが醸し出すもの。
少しでも、近づいていくことができたら良いなと思います。

かたくりの花の群生。5月の津南にて。
かたくりは、種から花になるまでに7~8年程の年月を必要とするのだという。
長い時間を、土のなかで、土のうえで、じっとやり過ごし、
花を咲かせるときを、待つ。静かな土地の、静かな花。

土のうえ。雪解けの水たち。
ゆっくりとした流れと、澄んだ蒼い光。

ある5月の休日、
なだらかな山のなかで出会った、梨の花。
目立たない、地味な、凡庸な、素朴なものの中の、
その底のほうにある普遍的な美しさ。
いつか読んだ同名の小説に胸を衝かれてから、
その佇まいにずっと憧れている木です。