するすると流れたり。くるんと巻いて漂ったり。
ぽっ。と小さく火のついた線香の煙のような。
どこかへ向かっているかのようで、どこにも向かっていないかのような。

確からしさのなさ

トレーシングペーパーに描いた図面は、たしかに自分自身の右手右指が描いた線だから、それはそれなりにひとまずは確からしい。

けれどその線は薄くて透明でつるつるとした紙にシャープペンシルで描いたものだから、ほかの紙と重ねてしばらく置いておくうちに、紙と紙がこすれて段々と薄くなる。描いた当初はキリっとシャープだったはずの鉛の線は、他の紙に押しつけられたり、流されたりしているうちに、いつしかぼうっと曖昧になる。はっきりとしていたはずのものが、はっきりとしなくなる。確かだったはずのものが、ゆっくりとどこかに遠のいていく。

確からしさを持っていたはずのものが1枚の紙の上でどこかに紛れて消えていこうとするときの感じは、朝には見えていたはずのむこうの稜線が気づかぬうちに空気のなかにぼやけて見えなくなるときの感じにも似て、さりげなく、のんびりとして、静かだ。翼をひろげた知らない鳥が、その羽を動かすこともなく、悠々と飛んで、遠近法のむこうに小さくなっていくような、なんだかそんな気配もする。

山の匂い

風がとてもつよく吹いた日の午後だったから、北側の斜面を歩いて稜線の峠が見えてきた時には、南からの大きな風の音がごうごうと聞こえた。夕立かなにかにあたるかなとも思ったけれど、天気は夜にテント場に戻るまでの間はなんとか持って、曇り空の峠に座って、持っていった煎餅をひとつずつ大事にぼりぼりと噛んだ。峠の山小屋はふたつとも休業中で、ひとはあんまり見当たらなかった。風に流された分厚い雲がほんの一瞬ざっくりと割れて、火口壁の上に夏雲が浮いた。