山の匂い

風がとてもつよく吹いた日の午後だったから、北側の斜面を歩いて稜線の峠が見えてきた時には、南からの大きな風の音がごうごうと聞こえた。夕立かなにかにあたるかなとも思ったけれど、天気は夜にテント場に戻るまでの間はなんとか持って、曇り空の峠に座って、持っていった煎餅をひとつずつ大事にぼりぼりと噛んだ。峠の山小屋はふたつとも休業中で、ひとはあんまり見当たらなかった。風に流された分厚い雲がほんの一瞬ざっくりと割れて、火口壁の上に夏雲が浮いた。