白樺

冬のおわり頃、ふかふかの落ち葉とカラマツの斜面をぬけた先に、ぽつんと立っていた1本の白樺。その一帯だけ、ぽわんとほのかな明るさがまたたいて、そこにはない真っ白な雪が周囲の木々の足元に浮かんでくるかのようだった。

ある話

「これは、ちょっとした心づかいみたいな塗料なんです。」

もうだいたいその日の話も終わりにさしかかるころ、大きなカバンの中から取り出した1枚の紙をちょこんと机に置いて、そのひとはそんなことを言った。

「これは垂木とか板材とか、そういった木材の小口を水分から保護して割れにくくするための塗料なんです。他の塗料に比べて、水に対する耐久性が2倍くらいあって。でも木材の小口なんてたいした面積があるわけじゃないから、だからこれを塗ったからといって目に見えて何かが違うとか、そういうものってわけではなくて。

たとえば工務店さんや塗装屋さんがこの塗料を1缶持っていて、特に誰かが頼んだわけではないけれど、木材の小口にひと知れずさっとこの塗料を塗ってくれる。そうすると、ほんのわずかなことだけどなにか違うような気がするね、なにか割れにくいような気がするねっていう、そういうちょっとした心づかいのような塗料だと自分では思っているんです。」

話を聞いた瞬間、ぱーっと目の前に浮かぶ職人さんの背中がある。あーきっと、あの塗装屋さんだったら、何にも言わなくてもこの塗料を現場に持ってきて、それでさらっと塗ってくれたりするんだろうなあ。そんでそれを見ていた大工さんは、塗装屋さんが帰ったあとで、「やっぱあの塗装屋は良い塗装屋だよ。」ってボソッと言ったりするんだろうな。

いま目の前で塗料の話をしてくれているひとと、きっと今はどこかの現場にいてせっせと塗料を塗っているのであろう塗装屋さんとを、なにか小さなかたちでも繋ぎあわせることができたらなあ、とふと思う。
もう何年も前からずっとお世話になっているそのひとが、その日、電車を乗り継いで、この場所に塗料やその他もろもろのことの話をしに来てくれているということ自体の中に、何かちょっとした心づかいのようなものがあるのだということが、自分にはなんとなく分かるような気もする。

そういうことのすべては、やっぱり全部気のせいなのかもしれないけれど、でも自分のおもう建築って、なんだかそういうものなのではなかったっけ。。

目に見えて何かが変わるわけではない、誰に頼まれたわけでもない、でももしかしたら少しだけ何かが違うかもしれない、ちょっとした心づかいのようななにか。道ばたのあちこちに咲いているサルスベリの花を目の隅で眺めながら、小屋からの帰り道、自転車のペダルをぐいぐい踏んだ。

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たとえばいま、すぐそこに、なんてことのない一本の線があるとして、その線の片側にはそれを最初に描いた誰かがいて、もう一方の片側にはこれからその線をたどっていこうとする誰かがいる。一本の線は気まぐれにその両者をむすびつけたり、繋ぎあわせたり、時にはあっさりとその関係を切断してしまったりもしながら、悠々と静かにむこうのほうへとのびていく。

その一本の線のあとを追いかけているうちに、ついうっかりうたた寝をし、ふと起きて、寝ぼけた目でもう一度その線を眺めてみる。すると、さっきまで見えていたひとの姿はすっかりどこかに消え失せて、目の前の線は単なるただの線にしか見えず、その線のまわりには誰もいないガランとした空間がひろがっているように思えてくる。線は結局のところただの線でしかない。多くの醒めた目にとって、そうであるように。

けれどもそこでもう一度目をこすり、その線のこちら側やあちら側にいるのかもしれない誰かの存在を想像してみることをやめずにつづけることができたら、それはそれでひとつのちっぽけな意思のようなものの表明くらいにはなり得るんじゃないかと、そんなことを思い浮かべてみたりすることが時たまあります。

・・・

「どんな本でも良いので、本棚から好きな本を選んで書評を書いていただけませんか。」

新緑がみずみずしく山の斜面をおおって、あちこちでヤマブキの花が咲いていた春の頃、そんなうれしいお声がけをいただいて、それからゆっくり時間をかけて小さな文章をひとつ書きました。きのう発売になった『住宅建築10月号—山から住まいへ』の巻末に、ちょこんと掲載していただいています。

なにかを「評」するなんて、そんなたいそうなこと、自分なんぞには到底できるわけもないだろうと考えて、土に近いどこかとても低い場所から山の上の木をまっすぐに見上げるような気持ちで、自分が憧れつづけてきたもののことを書きました。『線をたどる』というタイトルの見開き2ページ弱ほどの小さな原稿です。もしも本屋さんでたまたま見かけたりすることがあれば、ちらりと一瞥いただけたらうれしいです。

笹の尾根

目の端でなにかが揺れて、ちっちゃな影が額のあたりをちりりちりりと動く。
変わり映えのないなだらかな尾根道の、あれはいったいどのあたりだったっけ。ちりりちりりと揺らいでいるものの隙間から、小さなシジュウカラが懸命に枝を蹴って飛んでいく。なんてことのない山頂からまた次のありふれた山頂へ、揺れずに立っているものと、揺れながら光っているものの間を、ただ淡々とまっすぐに道が縫っていて、乾いた笹の葉がじんわりと太陽に焼かれていた。

谷底の蛍

暗い谷に時たま何かの拍子にうまい具合に光が射しこむと、細い枝や枯れ木や雑草や、そうしたなんてことのない平凡なものが、それ自体の内側からじんわりと光っているように見えるときがある。まるで山にかくれた小さな蛍の群れのように。この日の谷ではほっそりとした枝の群れがチラチラと蒼っぽい光を放ちながら、沢の左右を跳ねるように飛びまわって遊んでいた。

坂道

小屋にむかう道の途中に、両側に斜面が落ちたちょっと小高い丘のようなところを走る道があって、その稜線の上を今日もまっすぐに自転車を走らせる。

少し前にざーっと降った雨はすぐにやんで、ギラギラとした夏空のむこうにさっきまでの雨雲のかたまりが流れていく。

稜線の上から左の坂道のほうを見下ろすと、白い帽子をかぶった女の人が自転車を漕いで坂道をおりていく。その後ろ姿のむこうにガランとした学校のグラウンドが広がって、その先にひらけた視界の中に大きな夏の空がよこたわっている。

モクモクと横に伸びていく真っ白い入道雲のうえに、いつか見た蒼い山脈がそびえているかのような錯覚を覚えながら、わずかな高揚感と共にいつもの稜線のうえをゆっくりと走る。

小屋へむかう道には、いつもどこかに、なんてことのない小さな小さな山がある。