描くこと

ひとつ前に描いたものよりも、少しだけ丁寧に。
ひとつ前に描いたものよりも、少しだけ手間をかけて。

そうやってほんのわずかな少しをひとつずつ足していくと、前よりもなんだかちょっと、良い図面が描けたような気がしてくる。

良い図面が描けると、気持ちがいい。半透明の紙の上に、さーっと晴れ間がひらけてきて、気持ちがさらさらと澄んでくる。図面がうまく描けたなあと思ったら、ふーっと休んで、息をついて。次はここからあと少し、工夫をこらして、手間をかけて。そうしてもうほんの一寸ばかり、うまく描けるようになれたらいい。

自分の手で、一歩ずつ、ひとつひとつ。地べたに足をくっつけながら、ゆっくりと歩いていくように、描いていけたらいいなと思う。

ガジュマル

家のガジュマルは毎年同じようなペースでいくつかの葉っぱを落とし、いくつかの葉っぱを生む。そんなふうにしてもうかれこれ15年くらい、寒くて暑い部屋の中でガジュマルは澄ました顔で暮らしてきた。

そろそろきみも中年だねえ、なんて言ってみたくもなるけれど、ガジュマルの長い時間の中では15年なんて米粒にも満たない大きさなのかもしれない。

落ちていく葉っぱはすこし乾いて黄色くなって下を向き、生まれていく葉っぱにあたらしい道を譲る。生まれたての葉っぱを手で触れると、新しいもののみずみずしさが指先からいつもさりげなく伝わってくる。

このみずみずしさに道を譲るために、古い葉っぱは自分の葉を自分の意思で乾かしていくのだろうか。だとしたら尊いし、そうでなくても葉の1枚1枚は何も知らないニンゲンにとってはすべて等しく大切だ。

そろそろいい加減、もうひとつ大きな鉢にうつしてあげねばとも思うけれど、いまの気分はどんなだろう。しばらくじーっと眺めてご機嫌を伺ってみたけれど、澄ました顔のガジュマルはうんともすんとも言いやしない。

仕方なく、今朝も乾いた葉っぱをせっせと手にとって、それから鉢に水やりをした。

白い文字

雪の朝。凍りついたアスファルトの路面は山の道よりも滑るから、ゆっくりゆっくりペタペタと歩く。真っ白な道のむこうでスッテンコロリン、自転車ごと静かに転んだ女のひとが帽子をかぶった頭をかいている。

終着駅で停車中の電車に乗ると、車両の端から作業服を着たひとがひとり何かを小脇に抱えながら目の前まで歩いてきて、ぺこりとおじぎをしてホームにおりていく。

小脇に抱えられたものはよく見ると小さな古い木の椅子で、年季の入ったその脚には白い手書きの文字で何かの言葉が書かれている。それからまたそのひとは、隣の車両に乗り込んでもう一度ぺこりと丁寧におじぎをする。

そのひとはたぶん、中吊り広告の張り替えをしに来たひとで、あの古い小さな木の椅子に乗っかって、このあとも電車が出発するまで仕事を続けるのだろう。そのひとの小脇に抱えられた木の椅子は、まるでバスケの選手が抱えたバスケットボールのようにそのひとの身体にぴったりと馴染んで、寡黙そうなそのひとの腕の中で次の仕事を静かに待っている。

あの古びた脚には、白い文字で、いったいどんな言葉が書かれているのだろう。歩いてきた道の白さより、見知らぬそのひとが抱えていた文字の白さのほうが、なんだかそこにぼやんと残って消えなかった。

峠の小屋

「山の上でこんな話ができるなんて、うれしいなあ。」

年の瀬のよく晴れた日の午後。たまたま少しの間立ち寄っただけなのに、自分のへたくそな話にそんなふうに言っていただき、とってもうれしかったです。それにやっぱりその峠の小屋のひとたちは、おふたりとも自分の家や自分の小屋を自分の手でたてたひとたちで、そのことにもすーっと静かな感動を覚えながら古い木のテーブルの前に座っていました。

にこにこと笑顔で話をしてくださる小屋のひとたちのうしろには、そのひとたちとは直接のつながりはないかもしれないたくさんのひとの姿が、小さな窓から差し込む光に透けるようにしてぼんやりと見えているような感じがしました。

えんぴつの木を彫った手づくりのふくろう、大事にします。ご主人の顔はどことなくそのふくろうに似ていました。

新年

思っていたよりも雪の少ない峠の道を、落ち葉を踏みながら少しずつあがっていく。

一歩一歩ゆっくりと登るごとに、手前の山のうしろにかくれていた別の山の姿がちょっとずつ見えてくる。もう少し道を登ると、ふたつの山が連なって、ひとつの稜線が生まれる。そうしてしばらく歩いていくと、今度はその稜線のうしろにまた別の山々の稜線がゆるやかに重なって、ひとつひとつ微妙に色合いや明るさの違ういくつもの蒼い層が視界の先にのびやかにひろがっていく。

奥秩父の山々のむこうに、真っ白に輝く八ヶ岳の峰々がすーっと立ちあがってくる。目の前の道の右手ではきのう歩いた稜線のうしろに、どーんと構えた富士の頂がぐんぐんと大きくなって天を衝く。振り返ると、一列にならんだ真っ白な南アルプスの手前に甲州の小さな山々が静かに手を繋ぎながら座っている。

ひとつとして似ているもののないそれぞれの山々が、ある時は連なり、ある時は重なりあって、大きなひろがりをつくっている。他の山から切り離されて独りで立っている山はどこにもない。もしそのように見える山があったとしても、それはもう少しこの道を登ったところから振り返って眺めてみれば、きっとまた違う見え方をしているのだろう。

ひとつの山は、他の山と連なって重なって、そうしてはじめて山になる。なんだかちょっと、ひとのようだなと思う。もし自分が今日この道を登ってこなかったら、そんなありふれたことにさえ、気がつかなかったのかもしれない。蒼く澄んだ稜線がいくつもの層になって空に透けている。

雪のつもった北斜面を西のほうから巻いていく。名前も知らない新しい山々のむこうに、いつか歩いた懐かしい小さな山々が見えてくるような感じがして思わず手を振って挨拶をしてしまいそうになる。林のむこうに見えなくなった蒼い峰々にもたくさんの感謝を伝えることができたら良いのになあと思う。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。