道をふさぐ蜘蛛の巣の完成度を見れば、どのくらい前にその道をとおったひとがいたのかがなんとなく分かるものだけれど、その日の朝の山道には、思いのほか整った幾何学を携えた透明な糸の群れがいくつも風にゆれていた。
ひとつめの小さな滝を横目に、水の流れを遡るようにして細い道を登り、ドウドウと音をたてて流れ落ちるふたつめの大きな滝の足元の石をつたって、滝つぼのむこうにつづく土の道へと渡る。蜘蛛の巣の下をくぐり、時にはその主にお詫びを言いながらゴロゴロとした急な斜面を登っていくと、荒れたガレ場の先に3つめの滝があった。
20m近い落差があるにもかかわらず、その滝の水はおどろくほど静かに、岩を撫でるようにしてなめらかにすべり落ちている。特に滝のてっぺんのあたりの岩をすべるときの水は、まるで絹のようななめらかさを持っていて、これまで見てきたどの滝ともちがう淡々とした静寂があざやかな新緑の隙間から零れおちてくるのが見える。滝つぼからそれを見上げる自分までもが無音になっていくような感じがする。
むかしのひとが、この滝の足元から見上げていたものは、たとえばこんな静けさだったんだろうか。滝つぼの脇のちっぽけな祠の暗がりには、小さなお酒の瓶がそっと置いてあった。