ベンチを据えたひと

新緑の道がゆるやかなカーブを描くところに、石垣につつまれた静かな暗がりがあって、その場所に小さな木のベンチがひとつだけ、ちょこんと置いてある。

ただそれだけのことなのに、その横をてくてくと通り過ぎていくだけの自分の中には、いつかの日におだやかな道の円弧のふくらみを見つめるようにしてベンチに腰掛けていたかもしれない知らない誰かの姿が、なぜだかぼんやり浮かんでくる。

そんなふうにして、通りすがりの人間に、見たことのないふつうの誰かの姿を想像させることのできる場所があることを、自分はうれしく思う。できることならば、あの場所にベンチを据えたひと自身も、ベンチに座って、あざやかに色づいた山桜の花を静かに眺めることができていたとしたら、うれしい。

きのう、事務所からのいつもの帰り道。このところずっとしーんと鎮まりかえっていた小さな小さなお店屋さんの古い引戸の隙間から、女将さんの屈託のない笑い声がひさしぶりに路上に漏れているのを横目にながめながら、なんとなくそんなことを思った。