舞台の架構

夏祭りのために設えられている盆踊りの仮設舞台。
素朴で軽やかで、同時にどこか原初的でもあるミニマルな屋台骨。

ブローティガンのサイン

詩人・岡野絵里子さんの少し古い本。

まさかブローティガンをタイトルに冠した詩集を出されていたとは、、。驚きました。『陽の仕事』に負けず劣らず、こちらもミニマルに引き締まった文体が、ものすごくかっこいいです。

日曜日

先週末の日曜日。
ご相談をいただいたマンションの部屋を拝見するため、千葉方面へ。

部屋から見渡せるこの広々とした空を背景に、何かちょっとした工夫で、のんびりとしたシンプルな居心地の良さが生み出せたら良いなあ、と思いました。考えます!

写真の更新

「手がけたもの」の中の「梅の農小屋」の写真を更新しました。少しではありますが、新しい写真をいくつか追加するなどしました。

ガジュマルの目覚め

朝。10年程前から部屋の窓辺で少しずつ大きく育ってきたガジュマルの木。

ひっそりと底土深くまで根を張ることで生まれてくる、ねばり強さと生命力。
その根のひとつひとつに、積み重ねられた地道な時間の痕跡が、はっきりと記されているように思います。

8月21日の雲行き

羽根木の小さな公園。

今日は、ジャズピアニストのカウント・ベイシーが生まれた日であるらしい。1世紀以上前の話。
ギラギラと熱気を帯びた空気の中に、緑が濃い。

クレーの旅

最近読んで面白かった本。

自分の描いた絵をハサミで切ったり貼ったり、バラしたり再構成したりしながら、次々に新しい作品を生み出し、その作品に新たな名前をつけ、自分のカタログに登録していく、というクレーの創造のプロセスの話が、とても示唆に富んでいて印象に残りました。

事務所のこと

羽根木の事務所にて。机のすぐ横の窓からの眺め。
悠々と枝を広げた木々の下には、この夏何度目かの虫取り網を持った少年の姿。

都会の輪郭

虎ノ門にて通りがかりに見た美術館の建物。
エントランスまわりのシャープなエッジが、虎ノ門の都会な街中でも、ひと際鋭い存在感を放っていました。左に見える建物も背景の空に浮いていて、近未来的です。

アルプ

カーテン。なんだかジャン・アルプの彫刻みたいだったので。

頭上の水面

ホテルオークラ別館ロビーの天井。
海の底からぼんやりと水面を見上げているかのよう。

場面を待つ

「手がけたもの」に「窓と気配」をUPしました。

これまでに写真家の金田幸三さんに撮影いただいた4つの建物(鶴舞の家、勝浦の家、一宮の家、勝浦の店)の中から、「気配」が捉えられた写真たちを新しくまとめてみました。

建築の全体像や形の構成を伝えるような堂々とした「建築写真」の範疇からは少し離れたところにいる、ささやかな場面を捉えた小さな写真たちだからこそ、建築が持っている固有の表情や気配をこれまでとは違った角度から静かに伝えることができるのではないか。

まだまだ手元には公開していないたくさんの写真があるので、今後も随時まとめてみたいと思います。

金田さんの新しいホームページ、こちらです。
https://www.kozokaneda.com/

 

湿度のこと

湿度の高い日陰に生きている植物たちに、なぜだかいつも惹きつけられます。湿り、翳り、暗がり、瑞々しさ。カラリとした陽の下の世界とはひと味違う、湿気まじりの心地よい空気感。

発掘

パソコンの中を見ていたら、勝浦の家の竣工真近に、自分で撮った写真を偶然発見。下手くそな写真ですが、内部の珪藻土の塗装が終わり、床の玉砂利洗い出しが完成した直後の現場に足を踏み入れた時の、自分の素直な感動が蘇りました。

瓦と階段

お寺の境内にて。蹴上とノンスリップと土留めを兼ねる、波のような模様をした瓦の小端立て。素朴な中にもどこかお寺らしい清らかさも感じさせるような、手づくりの工夫が目を惹きました。

草むらの中の古典

先日全然別の場所で見つけた小屋と、どこか似ているトタンの小屋。

同じ勾配の切妻の屋根、左右対称の立面、十字型の窓、浅い軒の出。こちらは前面の草むらが良い引き立て役になっていて、継ぎ接ぎのトタンも渋い味を出しています。

陽の気配

小金井にて楽しい打合せ。お昼ご飯やデザートまでいただいてしまい、ご馳走様でした。

今回は、大きめにつくった模型に、偶然なかなか良い自然光が射しました。この気配をなんとか実物でも。丁寧に、頑張ります。

素朴で単純なもの

繁茂する植物たちの上にニョキっと突き出した、換気のための腰屋根。

アルミサッシなどついていない吹きさらしの腰屋根は、「空気を通す」という素朴な機能だけに特化して、その他の機能をあっさりと「諦めて」いることで、すんなりと周囲の環境に馴染むことが出来ているように思います。

いくつもの便利さや、複雑な機能を建物に求めすぎないこと。本当に必要なものだけを素朴に空間化し、それ以上のことは諦めること。