白い文字

雪の朝。凍りついたアスファルトの路面は山の道よりも滑るから、ゆっくりゆっくりペタペタと歩く。真っ白な道のむこうでスッテンコロリン、自転車ごと静かに転んだ女のひとが帽子をかぶった頭をかいている。

終着駅で停車中の電車に乗ると、車両の端から作業服を着たひとがひとり何かを小脇に抱えながら目の前まで歩いてきて、ぺこりとおじぎをしてホームにおりていく。

小脇に抱えられたものはよく見ると小さな古い木の椅子で、年季の入ったその脚には白い手書きの文字で何かの言葉が書かれている。それからまたそのひとは、隣の車両に乗り込んでもう一度ぺこりと丁寧におじぎをする。

そのひとはたぶん、中吊り広告の張り替えをしに来たひとで、あの古い小さな木の椅子に乗っかって、このあとも電車が出発するまで仕事を続けるのだろう。そのひとの小脇に抱えられた木の椅子は、まるでバスケの選手が抱えたバスケットボールのようにそのひとの身体にぴったりと馴染んで、寡黙そうなそのひとの腕の中で次の仕事を静かに待っている。

あの古びた脚には、白い文字で、いったいどんな言葉が書かれているのだろう。歩いてきた道の白さより、見知らぬそのひとが抱えていた文字の白さのほうが、なんだかそこにぼやんと残って消えなかった。