
できるだけ自分の手でつくってみたいなと思う。
できるだけ自分の足で歩いていきたいなと思う。
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午前3時。そのころ住んでいたアパートの下の自転車置場で、自転車の荷台にピッケルとヘルメットとスコップをつみこんだ。テントやアイゼンでぎっしりになった黄色いザックを背負って、川沿いの道にむかってペダルをこぎはじめる。ここからは全く見えることのない、遠くの山をぼんやりと思う。
正月明けの1月の夜中とはいえ、それなりに重いザックを背負って1時間以上も自転車で川沿いを遡っていくと自然と額から汗がふきだしてくる。もしもいま警察のひとと出会ったら、ガランガランと荷台に不気味な金属音を響かせながら真っ暗闇のなかをザックを背に汗を流して必死に自転車を漕いでいる自分は、どう見てもあきらかに怪しい。。川沿いの道が玉川上水とぶつかるあたりの暗闇で、新聞配達のひとがちょっと不思議そうな顔をして通りすぎていった。
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午前4時半。始発列車のでる駅の無料駐輪場にようやく着いて、荷台の金物たちをザックにくくりつける。ここから駅まで歩いて10分。駅のシャッターがゆっくり開いていく下を、頭をすぼめて通りぬける。
始発の各駅停車を3回くらい乗り継いで2両編成の小海線に乗り換え、静かな無人駅のホームにおりたった。駅前の踏切を渡って少しいったところにあった小さな神社でお詣りをして、そこから目指す集落に向かって車道を登る。道のむこうで、小さな子供たちがお父さんと一緒に畑仕事をしている。朝日を浴びた畑の土は黄金色に輝いて美しい。
車道を小一時間ばかり登っていくと、道の先にめざしていた稲子の集落が見えてきた。こじんまりとした山麓の集落の間を歩く時間は、そこに流れる空気の中に山と共に生きてきたひとたちの暮らしを思わせて、いつだってすばらしい。左の畑のはるか遠くには、めざす山の真っ白な頂が小さく見えている。キリっと冷えた景色のなか、川の対岸を集落のひとが正月飾りのようなものをもってゆっくりと歩いていく。細い道のところで花の世話をしていたおかあさんが「こんにちは」と挨拶をしてくれる。
自宅をでてから7時間、思えば今日はじめて声をだした。
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林道の入口は稲子の集落のいちばん奥のほうにあって、道端には町営バスの古びたバス停がたっていた。できれば今日は集落をゆっくりと眺められるところまであがってから装備を整えたいなと思う。
いつものように山にむかって深く頭をさげてから、雪の林道を登っていくと、しばらくして稲子の家々の屋根が一面に見わたせる小高い場所にでた。ここで一服しようかな。ザックを置いて道ばたに腰をおろす。車が通ることも稀な集落の道は、むこうのほうまでしーんと静かにしずまって朝の光を浴びている。
「おお、こんなところに。めずらしいな。山に登るのかい?」
顔をあげると、村のおじいさんが集落のほうからゆっくりと雪の道を登ってきて、そんなふうに声をかけてくれた。山に登りますと答えると、どこから来たんだい、と言う。「海尻の駅から歩いてきました。なるべく自分の足で歩いてきたくて。」
「駅から歩いてきたのかい。そりゃあ偉いなあ。東京からは新幹線かい?」と言うから、「いいえ、お金もないからいつもこっちには各駅停車で来てるんです。それに新幹線じゃ始発に乗ってもこんな早い時間には稲子に着けないんです。」と答えると、おじいさんはニヤリと笑って「そりゃ良いな。それが一番だ。新幹線なんかじゃ町の景色もろくに見えてこないからな。」と言って、しばらく山のいろいろな話をしてくれた。
「山、冷えるぞ。気をつけてな。」
そう言って、おじいさんは登ってきた林道とはまた違う斜面を集落のほうへとくだっていく。おじいさんが歩いていった斜面をよくよく見ると、うすい踏みあとが集落の家のほうまで続いているのが見えた。きっとこの場所はおじいさんの散歩コースだったのだ。小さくなっていくおじいさんの背中に静かに頭をさげた。
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ひとけのない静かな雪の林道を登っていくと、うしろからふと音がして、四駆に乗った猟師さんたちが横を通った。「山に行くのかい?上のほうにほかの猟師も何人か入っているから、気をつけてな。上にいる連中にも登ってくるのがいるって伝えておくよ。」と言って、猟師さんたちは勇ましく先へと走っていく。
稲子の猟師さんかな、とすこし思う。何度も読んだ芳野満彦さんの雪の八ヶ岳遭難記のなかで、芳野さんを最後にすくいだした猟師さんと稲子の集落のひとたちも、やっぱりあんなふうに無骨でやさしいひとたちだったのだろうか。
雪の林道を2時間ほど歩くと、唐突にアスファルトの車道に行きあたり、その先に何台かの車がとめられた駐車場と登山口の標識が見えた。今日この山にいるひとは、街からこの車道を走ってきて駐車場に車をとめて、そうしてここから歩いて登っていっているんだろう。登山口をすぎると、それまでのデコボコの雪道はしっかりと踏み固められた歩きやすい登山道へと変わり、その道端でお昼を食べて、それからまたしばらく歩いて午後4時前。ようやくその日の幕営地について、テントを張ってゴロゴロと眠った。
夜半から、予報にはなかった雪がしんしんと静かに降りつづけた。
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「まだ誰も歩いていないみたいですね。」
半分くらい雪に埋もれたテントから外に出て、小屋のところのベンチでアイゼンをつけていると、暗闇のなかをヘッドライトが明滅してそう声をかけられた。すこし上まで見に行ったけれど、夜半からの新雪できのうまでのトレースは完全に消えているのだという。夜中にマイナス20度くらいまで気温がさがったからか、今日の新雪はこれまで歩いたことのあるそれよりもサラサラで深さがあり、足と時間をとられそうだ。雪は午前3時をむかえてもなお降り続いている。
「あなたが一番最初です。頑張ってください!」
ヘッドライトのひとは暗闇のなかでそう言って、てくてくと幕営地のほうへ戻っていった。
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結局その朝は、稲子の集落から見あげた真っ白な山のてっぺんには届かなかった。
トレースの消えた雪のうえをヘッドライトの灯りと夏道の記憶を頼りに登って、日がのぼる頃には峠につき、そこから稜線をたどりはじめたのだけど、さらさらの新雪が夜明けの爆風に巻かれて稜線上はほとんどホワイトアウトしていたし、吹きだまりの斜面の深雪を四つん這いで攀じ登ろうとしてみたものの、その頃の自分の経験と技術ではそれ以上は先に進めなくなってしまったのだ。
とぼとぼと撤退して峠からくだる帰り道、稜線で風がゴオゴオと鳴るなか、真っ白な空を突きやぶって唐突にウソのような青空がひろがって、さっき登れなかった白い頂がざあーっと姿を現した。カメラをだしてその頂にむかって構えると、突然頭上の木からふってきた大きな雪の塊にズドンと頭を叩かれて、カメラも顔も全身雪まみれ。思わず声をだして笑った。山が、また出直して来いよと言ってくれているみたいだった。
幕営地の近くまで下ってくる頃には、風もやみ、あたりはすっかり晴れていて、きのうから小屋に泊まっていたひとたちが、すばらしい雪山日和になったおだやかな空の下を稜線にむかって出発していくところだった。
夜明けの爆風がウソのような明るい雪景色のなかを連れだってワイワイ登っていくひとたちと、いろいろな挨拶を交わしながらすれ違っていると、さっきまでの暗がりの時間とは違う時間を生きているような気分になってくる。楽しそうなひとたちに賑やかな明るい声をかけてもらうと、自分もやっぱり笑顔になる。けれど、なぜだかよくわからないけれど、いつもそこには自分の居場所は無いような感じがするのだ。
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テントを撤収して、きのう来た道とおなじ道を戻っていく。駐車場と登山口を通りすぎ、ひと晩でだいぶ積雪がふえた誰の足跡もない林道をくだって、きのう猟師さんと会ったところを通り、村のおじいさんと話しをしたところまで帰ってきた。稲子の家々の屋根はすっかり雪をかぶって真っ白になっている。そのすぐ横の斜面にはおじいさんの散歩道が今日もうっすらと続いている。
集落の道にでて、それから畑のところで右手を見あげると、今朝登れなかった白いてっぺんが今日も見えた。きのうより、もっとずっと白く輝いているように見える。その白い頂に深く頭をさげて、それから集落のほうにももう一度、お辞儀をする。凍った車道のはじっこを滑らないようにくだっていって、子供たちが畑仕事をしていたところを通りすぎ、きのうの朝、駅を出た時にお詣りをした神社のところまで帰ってきて、そこでもういちど、山と集落に最後のお礼を言って頭をさげる。
神社の階段をおりて道をわたると、とうとう小海線の踏切ときのうの朝おりたった無人の駅が見えてきた。ああ、帰ってきたなあ。そう思うけれど、でもそうだ、今日はここからまだ列車を乗り継いで東京に戻ったあとに、1時間半の夜道の自転車漕ぎが待っているのだ。。
「山、行ってきたのおー?!」
突然、右後ろからそんな大きな声がして振りむくと、車に乗った村のおかあさんが運転席から満面の笑みをうかべて、こっちに車を走らせてくる。
「偉いねえー!これあげるー!!」
減速した車の窓から唐突にさしだされたおかあさんの手の上の袋をとると、子供の頃によく食べた懐かしいニッキ飴の袋だった。
「もう半分くらい食べちゃったけどー!!」
おかあさんはそんなふうに言って、袋から手を離し、あははーと笑いながらぐいんと車を加速させた。車は目のまえの小海線の踏切をわたって右に進路を変え、線路に沿った道を走っていく。
「ありがとうございまーす!!!」
あまりの突然の出来事にやっとそれだけ言って、大きく大きく力いっぱい手をふった。おかあさんは車の中から笑いながらこっちをふりかえって、それからちょっと手をあげて、もうすっかり西へと傾いた静かな光のほうへ、ぐんぐんと遠ざかっていった。
