自分が主語にならない言葉、自分が主語にならない空間、自分が主語にならない記憶。もしそれがあったとしたら、それはきっと真っ白で明るいものなんだろうなあー、などと訳のわからぬことをぼんやりと空想する。でも勿論そんなものは一切どこにも無いわけで。
川沿いの道では、去年の秋に真っ白な表情で風に揺れていた草がすっかり枯れた色を身にまとい、じんわりと赤っぽく光りながら、水のしずくを蒼く滴らせていた。あんまり風は吹いていない夕方で、春めいた空気のなかに、ちょっと夏雲を思わせるようなモコモコとした雲がひとつ、ふわりと浮かんでいた。
「良い天気になったね。」小さな子供をつれたひとの声がどこか道のむこうのほうから聞こえて、ヒヨドリが前方を見据えてまっすぐに夕暮れの空を飛んだ。