机の上の家

設計者は、自分の手では何ひとつ実際の建物をつくりあげることは出来ない。
図面に線を引き、文字と寸法を書き、それを職人さんやお施主さんに託すことでしか、
ものづくりに関わる方法はない。

設計の仕事を始めてまだ間もない頃、
そんな至極当たり前の現実に直面して、どこかやるせない思いに駆られたことがあった。

でも、もしそうだとするならば、
設計をしている人間が自分の思いを伝えるためには、職人さんやお施主さんに託す図面にこそ、
ありったけの時間と労力をかけ、自分の手と身体を使って、汗のひとつでもかきながら、
丁寧にひとつひとつ、図面の中に線と言葉を地道に積み上げていくしかないのではないか。

そんな考えから、独立後これまでに手がけた家の図面は、
透明なトレーシングペーパーの上に、全て自分の手で時間をかけて描いてきた。

机の前で頭を抱え悶々と描いた図面たちは、何度も描きなおした箇所ほど手の跡が鉛色に濃く滲み、
とても人前に出して見せるほどのものではないのだけれど、
でも、現実に建てられた家の下書きともいえるこうした地味で凡庸な図面たちこそが、
何千もの言葉よりも雄弁に、自分の思い描いたもののかけらを誰かに伝えてくれるということが、
あったりはしないだろうか。

線と記号と数字だらけの古ぼけた紙の束を通じて、
ものをつくる職人さんたちへの敬意と、その家で営まれる新しい暮らしへの想いとが、
ほんの少しでも見る人に伝わったら、どんなにか素晴しいことだろう。

そんなおぼろげな考えを、机に広げた透明な紙の上にぼんやりと重ねた。

写真:金田幸三