いつの時代に誰がつくったのかも分からない、簡素で、古びていて、ありふれて、
でもどこか不思議な存在感を湛えながら、ひっそりと街の片隅に佇んでいる年老いた小さな家。
そんな10坪にも満たない古い平屋の家を借りて、暮らしていたことがあります。
さびた釘でとめられた素朴な板張りの外壁、長押にあけられた無数の画鋲の穴、
手直しの跡がのこる木製の古い建具や窓、まっすぐにたつ柱に刻まれたいくつもの傷の跡、
丁寧に桟がくまれた深い色味の竿縁天井、ペンキが塗り重ねられた台所の壁。
自分が生まれるはるかに前から建ちつづけてきたその小さな借家には、
それをたてた職人さんたちの手の痕跡がいまでも消えずに残っていて、
その上に、家を手直ししてきた人の仕事の跡と、そこで営まれた暮らしの跡が重なることで、
ひとの手の気配と長い時間の影に満ちたおおらかな空間がつくりだされていました。
新しさとスピードばかりが求められ、溢れかえる情報に浮足立ちそうになるこんな時代だからこそ、
どこにでもある古びたものたちの中に今もひっそりと息づいでいる手づくりの知恵と工夫に学び、
寡黙な手仕事の技術にじっと目を凝らしてみることによって、
つくるひとの手と暮らすひとの手がゆるやかに結びついた生き生きとした建築のことを考えてみたい。
建物は人の手がつくる。
そんな当たり前のことを大切にしながら、人の手の記憶を宿し、
それを次の時代へと継承していくことのできる素朴で瑞々しく揺るぎない建物を、
丁寧にひとつひとつ、つくっていけたらと思います。