銀杏

鮮やかに色づいた、いちょうの木。
2週間程前。西八王子の歩道橋から。

もうそこにはないもの

昨日の朝、週に2回はそうしているように、
自宅から20分程のとなり街まで歩き、
もう何年も前から通っている街のパン屋さんへと向かった。

なあんだ、今日は休みなのか。

いつもならついているはずの電気が消えていたので、
店の前を通り過ぎて事務所へと向かおうとしたけれど、
何か嫌な予感がして店の前まで戻った。

来月から新しくオープンするという、新しい店の小さな貼り紙と共に、
ガラスの向こうに、がらんとした無人の暗がりが見えた。

何の前ぶれもなく、なくなってしまうものが、いくつかある。

夜、家に帰宅して、音楽家・片山広明さんが逝ってしまったことを知った。
もう2週間も前のことだという。
この秋、横浜でいつものように素晴らしい演奏をする姿を見たばかりだというのに。

片山さんのサックスの音色、
あの、紅潮した頬から発せられる「ブウォッ」という音、
そしてその後に続く、豪快で、率直で、人間臭い、美しい音の連なりを、
もう目の前で聞くことは叶わない。

必ず、忘れません。

先週は、友人の茅葺き職人さんを訪ねて、南会津の奥深くの茅葺き集落へ。

素朴で新鮮な空気に触れた、とても貴重な4日間でした。
茅場の中で茅の束を脇に抱え、右手に鎌を持ちながら、普段の自分の暮らしや仕事について、建築について、本当にいろいろなことを考えさせられました。

来年も、絶対にまた行きます。
ありがとうございました。

図面のポートレイト

「手がけたもの」に新しく「机の上の家」をUPしました。

写真は今回も勿論、金田幸三さんです。
「手描き図面の写真を撮ってほしい」という、あまり前例のなさそうな面倒な要望をこちらから出させていただいたにも関わらず、素晴しい写真に仕上げていただきました。

長い時間をかけてひとつひとつ目の前で描いてきた図面たちなので、
そんな図面たちのポートレイトを撮っていただくことで、
自分の顔写真などよりもよほど雄弁に、
自分の人となりや仕事への考え方が良いところも悪いところも含めて正直に写し出される(写し出されてしまう?)のではないかと思い、ちょっとしたチャレンジの意味も込めながら、撮影をお願いしました。

また新しい図面が溜まってきたら、撮影をお願いしたいなと思っています。

机の上の家

設計者は、自分の手では何ひとつ実際の建物をつくりあげることは出来ない。
図面に線を引き、文字と寸法を書き、それを職人さんやお施主さんに託すことでしか、
ものづくりに関わる方法はない。

設計の仕事を始めてまだ間もない頃、
そんな至極当たり前の現実に直面して、どこかやるせない思いに駆られたことがあった。

でも、もしそうだとするならば、
設計をしている人間が自分の思いを伝えるためには、職人さんやお施主さんに託す図面にこそ、
ありったけの時間と労力をかけ、自分の手と身体を使って、汗のひとつでもかきながら、
丁寧にひとつひとつ、図面の中に線と言葉を地道に積み上げていくしかないのではないか。

そんな考えから、独立後これまでに手がけた家の図面は、
透明なトレーシングペーパーの上に、全て自分の手で時間をかけて描いてきた。

机の前で頭を抱え悶々と描いた図面たちは、何度も描きなおした箇所ほど手の跡が鉛色に濃く滲み、
とても人前に出して見せるほどのものではないのだけれど、
でも、現実に建てられた家の下書きともいえるこうした地味で凡庸な図面たちこそが、
何千もの言葉よりも雄弁に、自分の思い描いたもののかけらを誰かに伝えてくれるということが、
あったりはしないだろうか。

線と記号と数字だらけの古ぼけた紙の束を通じて、
ものをつくる職人さんたちへの敬意と、その家で営まれる新しい暮らしへの想いとが、
ほんの少しでも見る人に伝わったら、どんなにか素晴しいことだろう。

そんなおぼろげな考えを、机に広げた透明な紙の上にぼんやりと重ねた。

写真:金田幸三

茄子の台木

休日に、農業祭で見かけた1鉢の中の複数の野菜たち。

三鷹の茄子農家の方が「ナス科植物の親和性を利用し、ナスを台木として数々のナス科植物を接木」したものだとの注釈に、驚きました。

自分と異なるものでも大らかに受け入れて共存することのできる親和性。
この中で表現されていることは、そっくりそのまま、これからつくられていく建物たちが目指すべきものでもあるような気がします。

ひとつひとつは小さくとも、ここにある野菜たちのように、どこか懐かしい土の匂いのする、簡素でおおらかな寛容さを持った建物を、目指したいです。

さらし

だいぶ前に大量に試作した、さらしのコースター。

事務所で使っています。やはり吸水力抜群。手触り良し。縫い目はよれよれ。
赤い糸バージョンもあります。

一見、建築とは無縁のさらしですが、その素朴さが以前からとても好きなので、いま計画中のものの内装でちょっとだけ、使ってみようかなと考えています。

ちなみに、写真のグラスは、焼きトン好きの方であればご存知の(?)、キンミヤ梅割り用グラス(に憧れて限りなく似ているものを探しあてて買ったもの)。

木道

静岡、三島の木道。水の中の細い道。

枕木

静かな、枕木の道。

いまだ写真でしか見たことはないけれど、あまりにも繰り返し思い描くものだから、いつの間にか自分の奥深くにひっそりと棲みついてしまい、心の底に勝手に建ち尽くしている建物というものがあって、枕木を見るとどうしたってその建物が心に浮かぶ。

三宅島の地に、使い古された枕木を積み重ねて建てられた、近くて遠い憧れ。
高須賀晋の生闘学舎。

蒼の散策路

三島、源兵衛川。
蒼く澄んだ川の中を進んでいく、木道と飛び石の遊歩道。

今の時代に、こんな楽しい公共空間を用意してくれる自治体があるなんて。
流れゆく水の音に囲まれた、爽やかな道行きでした。

スクリーン

事務所にて。窓のロールスクリーンに映る秋の木漏れ日。