鯉と蓮

先月のある日。明るい水面に浮かぶ一面の蓮の枯れ葉のなかに、いくつかまだ枯れきっていないものがあって、そのひとつの上に花や葉っぱの枯れ跡がたまっていた。手のひらのように水面に差し出されたその葉のうえに、朝のひかりが射していて、どこかから泳いできた大きな鯉がチラリとこちらを一瞥し、悠然とその葉の下を通りぬけていった。

蓮と鯉には、「悠久」とか「泰然」とかという言葉を思わせるような悠々とした何かがあって、あわただしい日々に追われた煩悩まみれの自分のような人間を諭すために彼らがその場に現れているような、なんだかそんな感じもした。

そんなふうにして葉っぱのうえにたまった枯れ跡をぼーっと眺めているうちに、その鯉は「なーんだ何も持っていないのか」という顔をして赤い身体をのんびりくねらせながら、見えないところへと去っていった。深い水面のうえに小さなさざ波が生まれて、その波がすーっと音もなくどこかに流れていく。やわらかい光が冷たい空気の隙間から静かに静かに降っていた。