港町の食堂

はじめて入った古い小さな食堂で中華そばを注文して、丸椅子のうえから何の気なしに目の前を見あげると、壁の上のほうにA4くらいのサイズの紙が木枠の額に入れられて飾ってあるのが目に留まった。

その紙には地元の小学生が手書きしたらしいいくつかの言葉が、さっぱりとした綺麗な文字で描かれていて、この商店街のことをもっとみんなに知ってもらいたいこと、そのために商店街の古い歴史を調べていること、そのためのポスターをつくったのでそれをお店に貼ってほしいことなどが、丁寧な言葉づかいでしたためられていた。その額のすぐ下のところにはもうひとつ小さな紙が貼られていて、この食堂のすぐ前にある細い細い路地の来歴のようなことが、これまた小学生の手による丁寧な文字で書かれていた。

この路地のむこうには、むかし海のなかに鳥居が立っていて、路地に佇むとその鳥居が水面に浮かんでいるように見えたことから、この路地にはこれこれの名前がついたのだそうです。

概ねそんなようなことが書かれた小さな紙とその上の額を交互に見上げているうちに、アツアツの中華そばをお母さんが運んできてくれて、ふたつの紙の手前にもくもくと香ばしい湯気がたちのぼった。とびきりに美味しかったその食堂の中華そばの味わいは、壁に掛けられた木枠の額とそこに丁寧に手書きされた小学生の文字の感じにも似た素朴さがあって、その余韻を感じながらガラガラと引戸をあけて店の外にでた。

店の前の路地の先には新しい建物が建ちならび、その建物たちに遮られて路地の上から水面をのぞむことはもう出来なくなってしまっていたけれど、そのむこうにゆったりと横たわる海の上のどこかには、きっと今でも古びた鳥居がちょこんと簡素な佇まいで立っているんじゃないかなという気がした。