木の幻想

なぜそこに、たったひとりで生えているのだろう。
奥の森ではなく、なぜそこに。

その木がそこにたったひとりで立っているということは、たぶん、いつか遠くの時間にその場所で起こった何かの痕跡をあらわしているに違いない。

そこには川が流れていたのかもしれないし、池があったのかもしれない。あるいはかつてそこには雑木の群れがあって、他の木々はたまたま洪水によって流されたのかもしれない。山のほうから落石がやってきたのかもしれないし、鳥たちがただその場所に何度も何度も種子を蒔いただけなのかもしれない。

それがどのような物事の痕跡なのだったとしても、それからその木がどのような姿かたちをしているのだったとしても、1本の木がただそこに立っているということそれ自体に何かの痕跡、何かの記憶、何らかの時間が封じこめられているということ。

そのことにはそれだけでたくさんの価値があり、それを対岸からただ眺めるばかりの小さな人間の心に茫々たる幻想を浮かびあがらせてやまない。