ゼロ

列車をおりると、ガランとしたホームにザックを背負ったひとがひとりだけ見えた。

そのひとを駅の外でそーっと追い越して、集落の脇から小さな道に入る。古い鉄門の横をくぐると、右のほうに樹木のない剥げた土の斜面が大きくひらけていて、そのはるか上方で何本かの木がまるで淡い虚構の中に立っているかのように、空を背景に一列に整列して並んでいる。

沢沿いの荒れた道。貯水池。倒木。つづら折りの急斜面。落ち葉。白っぽく光る土。砂まじりの斜面。枯れ木。鳥の声。水色の空。風の跡。それからまた急斜面。思わず膝に手をついて、しばし息が整うのを待つ。心臓の音、斜面を落ちていく乾いた砂の音。

下を向き息を切らしながら、どうしてこんなにも軽やかなのだろう、と思う。心臓の大きな音がやまないのに、どうしてこんなにものんびりとした心地になっているのだろう。

歩くことは無くすこと。ゼロになること。
1年前のちょうど今頃の、なんてことのない小さな山の斜面で感じたこと。