ひかりの跡

秋になると、ある種の樹木の葉っぱたちは、自分の身を紫外線からガードするために自分自身の色を変えるのだと言われているらしい。いわば自分の肌を光から守るための日焼け止めのようなものとして、紅葉というものがあるのではないかと、いつかの秋に山のひとがボソリと言っているのを隣でぼんやりと聞いていたことがあった。

もしそうだとするならば、逆にいうと紅葉は、光の痕跡のようなものとも言えるのかもしれない。ひかりが自分自身の姿を葉の色に変えて地上に刻みつけたものが、紅葉なのだと言えるのかもしれない。
もしも光になって空の上から地上を見れたとしたら、地表を覆うたくさんの葉っぱの色はいつかの自分の痕跡を写したもののようにも見えるんじゃないだろうか。そんなことを少し考えてみたことがある。

紅葉の季節は短い。光は自分自身の痕跡を「色」として葉っぱの上にはっきりと刻みつけたかと思うと、もう次の瞬間にはその痕跡がハラハラと儚く空中を舞って地面に落ちていく姿を目の当たりにすることになるのだろうと思う。

その光の痕跡を動物たちが踏みしめて、色鮮やかな地面ができる。その地面がゆるやかに連なると、一本の道になる。その道の上をどこかの誰かがゆっくりと踏みしめながら歩いていく。地面に落ちた光の痕跡はどんどんと古びた色になり、土の色に、あるいは土そのものに近づいていく。
それからまたそのうえに落ち葉が積もって、動物たちがそれを踏む。そうしていつしか空から雪が降ってきて、光の跡は真っ白な雪の下で眠りながら春を待つ。