それぞれの手

いま、世界ではどれくらいの手が動き続けているだろう。

きっと今も遠くのどこかで黙々と動き続けているのであろういくつもの手を、ただ頭の中に思い浮かべてみるだけで、なんだか少し幸せな気分になる。たとえそれが見知らぬ手であったとしても、その手の軌跡を勝手に想像してみるだけで、なぜだかホッとした心地がする。

でもこのような状況の今、その人の意思に反して、動くことをやめざるを得なくなってしまった手も、きっと少なからずあるに違いない。もしかしたらその中には、何百日も何千日も何万日も、同じような軌跡を描きながら繰り返し動き続けてきた手もあるかもしれない。
その手をとめるということ、暑い日も寒い日も繰り返し動き続けてきたその手をとめるということは、その人にとっていったいどれほどの痛みと悲しみを伴うものであるだろう。

動き続ける手と、動くことをやめてしまった手。

それぞれの手を、ただただ心の中に思い浮かべてみる。
深い敬意と共に、静かに思い浮かべてみる。